研究の概要

■生物個体は同種・異種の個体とさまざまな関係を持ちながら生きており、こうした生物間相互作用は複雑なネットワークをかたちづくっています。種間で見られる多様な相互作用のうち、互いの種が利益を得る関係は相利共生(mutualism)と呼ばれます。動物が植物の果実や花蜜を食物にし、その行動を介して種子や花粉の運び屋になる関係は、相利共生の代表であり、植物が子孫を残すプロセスの鍵となっています。動植物間の相利関係は森林や草原が成り立つうえで不可欠であるだけでなく、農作物生産にも必要であり、私たちの生活を支える生態系サービスを提供しています。

 わたしは、こうした動物・植物の種間でみられる相利関係の構造と機能について解明を進めています。特に鳥類が種子散布者や花粉媒介者として働いている相利関係を詳しく調べています。森林では多くの植物種が鳥に果実を提供し、多くの鳥種が植物種子を運び、また多くの植物が花を咲かせ、多くの昆虫種が花粉を運びます。こうした複雑な種間ネットワークには何か規則性があるでしょうか?これまでの研究で、相互作用ネットワークには、相互作用のタイプごとに、種の顔ぶれや場所によらない普遍的なパターンがあることが明らかになってきました。また野外調査を進めると、果実・種子に猛毒をもつシキミという樹木のように、一見したところ動物とは無関係に思われる植物も、動物による種子散布に深く依存していることが見えてきました。現在、こうした特殊な動植物間の相利関係がどのように成立しているのか、どのように進化してきたのかについて謎解きを進めています。

 動物と植物との相互作用は身近な環境でも観察できる対象ですが、その広がりは大きく、その影響は思いがけないところにまで波及している。これが今までの研究で見えてきたことです。調べるほどに新たな発見があるテーマであり、今後も深めていきたいと思います。

■また、気候変動や都市化といった環境改変が、動植物の生態と進化にどのような影響を与えているかについても研究を進めています。人間活動による環境の改変は、全球スケールでも地域スケールでも生物多様性を脅かしており、さまざまな種の個体数減少や局所絶滅を引き起こしています。気候変動や環境改変の影響を評価するために、過去から現在にいたるモニタリングデータを分析して、種の個体数や群集組成の時間的な変化を明らかにするアプローチや、あるいは種の生息状況と周辺環境の関連を分析する景観生態学のアプローチで、研究を行なっています。

 一方で、そうした環境の変化に対して順応している生物種も存在し、その一部は形質や行動を短期間で進化させていることも近年わかってきました。生息地の急激な環境変化に直面している生物の生態と進化のプロセス、あるいはそうした生物間の相互作用のあり方について、基礎科学的な関心と応用生態学な視点を併せもちながら研究を進めています。

■研究のアプローチとしては、フィールド調査を基本としつつ、文献データや市民モニタリングデータの解析、博物館標本の利用などを柔軟に組み合わせて、これまで進めてきました。今後もこうした多角的なアプローチで問題に迫っていきたいと考えています。

■これまで研究を行ってきたテーマは、以下の通りです。 

*動物と植物の相互作用の構造とそれに関連した生態系機能の解明
・日本における鳥類と液果の相互作用パターンの分析 (Yoshikawa et al. 2009 Ecological Reseach; Yoshikawa and Isagi 2012 Oikos)
・鳥類と花との間に見られる複雑なネットワーク構造の解明 (Yoshikawa and Isagi 2014 Journal of Animal Ecology)
・猛毒植物シキミと鳥類・哺乳類のあいだの相利関係の新発見 (Yoshikawa et al. 2018 Ecological Reseach)
・さまざまな動物の種子散布機能を予測するモデルの構築 (Yoshikawa et al. 2019, Oikos)

*気候変動や人間の土地利用変化に対する生物の生態的・進化的応答の解明
・人工林・天然林のモザイク状景観における鳥類群集の規定要因 (Yoshikawa et al. 2017 Biological Conservation)
・自然撹乱の程度の異なる植生帯における鳥類群集および訪花昆虫-植物ネットワークの比較 (Katoh et al. 2020 Pacific Science; Kishi et al. 2016 J Asia-Pacific Entomol)
・日本列島の森林群集における気候変動の影響評価 (Yoshikawa et al, in preparation; Koide et al. 2022 Global Change Biology)